って、ものすごいタイトルですが。 今日大学院の行政学の授業で人事院の人が来て、日本の行政改革周りの話をして下さいました。色々あったのですが、その中で昨今の「天下り禁止」による弊害についての話があったので、思うところを書いてみます。

今日問題になった話は「天下り禁止」ということばかりが先行して、健全な労働市場の流動性が確保されなくなってきているということでした。関連報道が大きく取り上げられ、天下りを取り締まる動きが強まる一方で、優秀かつ高い志を持つ人々がその弊害を被っているという話です。ちなみに、今回の話は、あくまで授業の中で非公式に聞いた、程度の情報ですのでご了承ください。

天下りの問題は置いておいて、個人的には日本の労働市場の流動化の促進、特に企業、政府系機関、NPOという形での人材交流が活発になれば面白いのになと思うことがあります。いろんな人と話していてもその問題意識を持たれいている方はたくさんいるようですね。

そんなかんなで、今日の天下りの話ですが、官僚での経験やそこで培ったネットワーク、これらを民間企業で活かしていきたい、そう思う人は少なくはないはず。ただ、そんな人達がこうした天下り抑制の動きの中でうまく動けなくなっている側面があるそうです。今まで「天下り」について深く考えたことはなかったのですが、これはなるほど面白い指摘だなと思いました。同時に、非常に残念な気にもなりました。

 
「官僚」と呼ばれる方たちの中で、本当に素晴らしい志を持って活躍されている方がたくさんいることも知っています。本当に頭が下がる思いです。

自分の研究の一つのテーマとして、組織の中にある、また組織の壁を超えた個人レベルでのネットワークの重要性があります。昨日の日本総研のセミナーでも取り上げられていた、「ソーシャルアン/イントレプレナーの生態系」というものですね。組織と個人という異なるレベルの相互関係を考えると、今まで見過ごしていた側面や可能性に目を向けることができると考えています。

今の「ソーシャル」の動きを推し進めているものは、「個人の組織からの自由化」なんじゃないかなと思っています。なんだそれはというのはまた今度ゆっくり書きますが、もしこの自由化というのが「官僚」組織にも起きていくのであれば、それは非常に面白いことにつながるのではと感じています。現地こうした動きが起きている場所も知っています。本当に可能性を感じます。

しかし、今回の天下りの話というのは、確かにこうした動きを抑制して、自由意思のある個人を一つの組織にとどめるような弊害を生み出しかねない気がしました。このテーマを詳しく調べたわけではないので現実と懸念が少しかい離しているかもしれません。今度官僚の知り合いの方に色々聞いてみたいと思います。

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