インターン先でソーシャルメディア関連のお仕事に参加していることもあって色々勉強しているのですが、関連していわゆる「社会的企業」のブランドについて、そもそも「ソーシャル」って何なのかについて考えていることをメモしておきます。

 

最近は、今のインターン先は「どんなイメージで認知されるべきか」ということを考えています。例えばNPOがソーシャルメディアでファンドレイジングをするケースは多々ありますが、極端な話、今のインターン先では「私達が探しているのは寄付ではない、ビジネスパートナーだ」、「私達にとって貧しい人達は援助の対象ではない、ポテンシャルの高いビジネスパートナーだ」くらいでもいいのではないかと思っております(個人的な見解です)。ちなみに、このブランディングというところで言うと、Acumen Fund等はやはりうまくて、巧みに「援助から投資」、「金銭的なリターンからハイブリッドリターン」で差別化を図ってきたんだななんて思ったりもします。

 

よく「社会的企業」「社会起業家」「ソーシャルビジネス」とかの言葉について、その定義は何なのかという議論がありますが、僕自身はそれ自体あまり意味のある議論のようには思っておりません。(もちろん法人格の法的な定義や政策支援の対象の要件、という意味では定義が存在して、その議論は面白いと思っています)

定義よりもこうした「ソーシャル」という形容詞がブランディングとなって企業の外部のリソースを活用することができていること自体が注目すべき点のように思います。

昔に読んだヨーロッパのサードセクターについての本の中で社会的企業の「ハロー効果」についての記述が面白かったのですが、「社会的」企業が取り組む社会的課題には「社会的ハロー効果」がかかっており、そこに取り組むことを認知する際にポジティブなバイアスを生むというような話でした。「ソーシャル」という形容詞が付くことで、それを認知する際にポジティブなバイアスが生まれ、これまでアクセスできなかったリソースにアクセスできる、というイメージです。例えばこれまで「ソーシャル」を担ってきた企業以外のアクターとの連携、「ソーシャル」にポジティブなバイアスを持っているお金や人材の流入、等です。

これをブランディングという言葉で括ってよいのか分かりませんが、世の中で「ソーシャル」という形容詞に対して何らかのポジティブなバイアスがかかっていることそれ自体を認めることが重要で、そのポジティブなバイアスがいわゆる「社会的企業」「社会起業家」「ソーシャルビジネス」の鍵なのではないかと思っております。それを「(普通の企業の)私達の事業だって社会に貢献しているじゃないか」というもっともな反応で切り捨ててしまうのではなく、世の中がそれをどう認識しているかという立場で理解し直すことが必要なのではないかと。(そういう意味でも先進的な「普通の企業」は社会的企業に負けないように必死のようです)

 

もちろん、だからと言ってじゃあ社会的課題に取り組んでいるイメージさえあれば良いのかとか、それを客観的に評価する仕組みはなくていいのか、とかそういうことではなく、それらは大事な前提として持った上でもなお、この「ソーシャル」という形容詞が大事な意味を持っているんだろうなと思います。この辺り、ブランド作りの専門家の視点での「社会的企業」という切り口で話を聞いてみたいと思います。